2008年09月22日

知らんものは知らん

どうもです。

大事なことを書こうと思って忘れてました。実は実験の中で、どーしても辞書をひきたい単語が出てきてしまっていたのです。

ニコチン中毒の私は禁断症状に弱い。だから、これからひきます。

引く単語はStage 5 More Stories Aの"whatsit"です。ひいちゃお。

手元に辞書がない私は、eijiroでひいてみた。すると、

「その何とかいうもの、あれ」◆名前を思い出せない[出したくない]ものの代用語として使われる。

ずこっ!

さて、先日話題のSSにお邪魔したときに、日本史教師Aさん(タドキスト)がプロフェソールに、「GRはかなり読んできたが、児童書はYLが低いのも読めない。とばす、ことが難しい。」という話をしていました。しばらく話を聞いていたのですが「おや?」と思い、彼に聞いてみました。

「あのさぁ、Aさんは、たとえばオレみたいに『英語ができる』人は、YL低い本なら知らない単語はない、って思ってる?」

するとAさんも、横にいたYさん(司書)も、「そりゃそうでしょ?知らない単語なんて出てこないでしょ?」と言いました。

私はプロフェソールとうなずきあってしまいました。なるほど。

そこで、今回は有名国立大学の外国語学部に現役合格し高校教員試験も突破しTOEFL633点のオレ様がORT Stage 5 More Stories Aを読んでみて「知らなかった、見たことあるけど意味ははっきりわからん、こんな意味があるなんて知らなかった」という単語をあげてみよう。

cellar、spooky、whatsit、lorry、snooker、elves、tidy up、gasp、

ということで、もうやめた。3冊でこんな状態です。

ほらね、このオレさまですら、こんなに知らない単語あるのさ。

英語の先生ってのはどうも授業で単語を知らないとバカにされるという強迫観念から単語を知らないのを告白するのがためらわれるのですが、
でも、実際こんなもんっすよ。

私は5年ほど前から、教科書や問題集も予習なしで教室いって、自分が知らない単語は生徒に逆に聞いてみたり、「おまえ、今辞書ひけ」と言ってます。もちろん、最初生徒はびっくりしますし、あきれますが、「俺が知らないような単語をお前らが覚える必要はない!」言うと、あまり文句は言われません。(心の中で「こいつはダメ教師だ。」と思っている生徒はいるでしょう。)

あはははは。

しかし、前に倫理の先生にこの話をすると、「そんなこと当然でしょう。私は以前から英語の先生が辞書をひいて教科書の予習をしているのを見て、それは違うだろ、と思ってたんです。そんなことよりも、もっと勉強することあるだろう、ってね。単語が全部わからなきゃ読めないと思っているとしたら、英語ができる人とは言えないでしょう。」と言われました。やはり、ものがわかっている人からみると、辞書ヒキストこそ非常識なのか?

英語の先生が辞書を使うことを厳しく禁じた法律があれば、日本人の英語力は劇的に向上することでしょう。
posted by Sen~or Tadoku at 12:15| Comment(4) | 多読 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

実験報告 9月21日

自力3位が消滅しました。他力本願で何が悪い!

えー、実験報告です。

昨日は、姉の方がStage 2をやりたいと言い出すので、私は「自分で読んでみろ。もうできるだろ?」とおだてながらやらせてみました。

すると、ローマ字読みが以前よりも多発しておりました。

Iをすべて「イ」と読むのです。

そこで、私は彼女の声に覆いかぶさるように読みました。(逆シャドーイング)するとすぐにまた英語っぽくなっていくのです。本人は何事もなかったかのようにつづけておりました。

さて、その横で弟は学校の音楽でやっているとう"We are the world"を熱唱。最初は日本語バージョンで歌っていたのですが、そのうち「もごもご英語(?)シンギング」になりました。ブルース・スプリングスティーンのマネと思われるダミ声で歌っていましたので、「おまえ、英語のやつも聞いたのか?」と聞くと、「ビデオを1回見た。」とのこと。1回見ただけで「なりきり」とはガキはやはりおそろしいですね。

さて、弟がシャドーイングをはじめたのですが、今度は姉が「わたしはひとりで読む!」と言って、Stage 5をもっていきました。弟のシャドーイングよりも、姉の方が気になったのでちら見していると、文字を読んでいる様子は皆無。かなりのスピードでページを行ったり来たりしています。ひとりで、「あ、だからこうなったんだ!」と何やら発見している模様。

英語をひとりで「読んで楽しむ」という段階はいつ現れるのでしょうか。

さて、MLの方で「英語子育て」の話題が出ております。この件に関してもいろいろ考えることがあるのですが、本実験は「英語子育て」ではない、ということをここでお断りしておきます。この実験は純粋に第二言語獲得についての実験であり、被験者の英語能力を高めるという目的は一切ございません(笑)。

本音を言えば、私自身は自分のこどもが「気がついたら英語ができていた」という状態になるのは少々怖くもあります。こいつらのことだから、学校で先生をばかにしたり、周りの友達に「こんなんもわかんないの?」といいそうですから。もしそんなことしたら親の責任でしばきますけど...
posted by Sen~or Tadoku at 11:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月19日

実験報告 9月18日

どうも。

きのうはナイターもなかったので実験に集中しようと思ったのですが、弟が何を思ったか「相撲やりたい!」と言ってききませんでした。

しばらくやったのですが、飽きたので、私は枕もとのORTを読み始めると、さっそくシャドーイン開始。あとは、いつもどおりです。しかし、注目すべきことが起きました

Stage 4 "Nobody Got Wet"をやりました。これはもう何度もやっている本です。最後の1つ前のページ(p.14, 15)を読んでいるときに、弟は、

「次はSplash!だよ、Splashだよ!」

と最後のページを先読みして言いました。

「お、すでに記憶しているのか。」と感心しながらページをめくりました。

すると、

なんと、最後のページの文は、"Oh no! Everyone got wet!"でした。絵は、車に水をかけられているもので、まさに、"Splash"なのですが。

これ、すごくないですか?

たぶん奴は文を覚えていたのはなく、絵を覚えていた。そしてその絵を表す英語"Splash!"を発話していたのでしょうか。SplashはORTにも、Story Streetにも確かに何度も出てきますよね。

やつは、文を見て、「あれ?なんで、Oh no!なの?」と言ってました。

うーむ.....


posted by Sen~or Tadoku at 11:41| Comment(4) | 実験 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月17日

マニュアル信仰

高校教師をしていると、日々大きな「歪み」を感じています。

断言しますが、生徒自体は自分が高校生のときと大して変ってないと思いますよ。自分と同じように、異性に興味をもち、スポーツに興味を持ち、音楽に興味を持ち、将来に漠然とした不安を抱え、ということでは全く変わってない。村上龍の1969ですよ。

「歪み」を感じるのは大人の方。教師や保護者ですな。

歪みの具体例を出すときりがないのですが、この歪みの根底にあるのは

「マニュアル信仰」

だと思うのです。

保護者も教員もマニュアルを求めてさまよってます。そしてそのあおりを生徒も食らっているのです。

「受験合格マニュアル」「英検合格マニュアル」「大学選びマニュアル」「進路選択マニュアル」

そこに、教育業界がつけこんで、次々といろんなものを売り込んでくる。教員もここぞとばかりそういうものに飛びつく。(お金払うのは生徒です)

問題集、参考書、副教材、模試、検定試験、進路適性検査.....

こうやって、けなげな高校生が「マニュアル地獄」に陥っていくのです。

しかし、たとえば「受験に合格」する力は、マニュアルを参考にするのはよいけど、自分自身で自分だけの「やり方」を見つけていかなければいけない。これはもうあたりまえのことです。

しかし、今の世の中では、すべてレディメイドのマニュアルが存在し、それに従っていれば何事もうまくいく、という「幻想」があるのではないか。そして、その幻想に、教育の担い手である教師や保護者が縛られてしまっているというのが歪みの根本にあると思うのです。

マニュアル信仰がもたらすものは、「思考停止」です。

悲しいことに、学校で「仕事」をしていると、よく「マニュアルが必要だ。」と言われます。しかし、マニュアルをつくればつくるほど、そのマニュアルには想定されていないことがおきます。あたりまえですよ、人間相手にしてるんだから。でもそうなると、「このマニュアルでは対応できない!」となります。「マニュアルとか言ってないで、考えて動けよ!」とよく言いたくなりますが。

(実は若い頃私も生活指導に関して「もっとしっかりマニュアルをつくってほしい。どういうことを厳しく注意していいかわからない。」と言ったらベテランの先生に、「そんなこと自分で考えられないんだったら教員やめろ!」と怒鳴られましたが、今になってよく意味がわかります。)

学校の中で、何でもマニュアルを頼りにしようとする思考停止傾向が強いと思うのです。文科省はじめ教育行政の責任も大きいと思いますが、それよりも、現在の日本社会が「マニュアル信仰」であるということが一番の問題ではないかと思うのです。

先生が「思考停止」しているのに、「考える力」の育成とか、「PISAに対応する読解力」とか言ってるのですよ。

歪んでるでしょ?

なんとか打破したいものです。

さて、今年になって、「タドキスト」のみなさんの話をたくさん聞くことができました。私は昨年まで多読は効率的な英語学習法としか考えていかなったのですが、タドキストのみなさんの話を聞いて、「マニュアル信仰→思考停止」を打破する力が多読にはあるのではないか、と考え始めています。

今日の1曲 Aretha Franklin "THINK"

BB.jpg

このアルバムに入っているのが一番かっこいいですね。映画も最高。全部最高。

posted by Sen~or Tadoku at 17:36| Comment(2) | 教育論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

サムシング・エルス

プロフェソールは、「多読が効率的な学習法になりつつあるのでは」と懸念を表明されています。

以前に、「学習」に関してはMLでいろいろ議論があったのですが、教員として多読を生徒にやらせてみようと思うと、このテーマは避けてはとおれないと以前から感じております。

自分の中では、はっきりと見えているものはあるのですが、言葉で説明するのは難しい。思いついたことを思いつくまま書いときます。

私はもう10年前に、「どうして英語が使えない」を読み、「あぁ、こんな変人が世の中にいるんだ!」と感激しました。「やさしいものを大量に読む」という方法はさすがのオレも思いつかなかった、やられた!と思ったのであります。

高校生にちょっと試したところ、効果テキメンでしたが、昨年までの私は多読やシャドーイングは、単なる効率的な外国語習得法くらいにしか考えていませんでした。同時に「英語ができるようになるためには、多読だけじゃなくって最低限の文法学習と単語学習は必要」と思ってました。まぁそのときの自分の考えは、「多読8割、学習2割」ということという感じですね。普通の「学校英語」は「学習10割」なので、「8:2」でも十分本質に近づいている、と自己満足してたのです。

しかし、今年はじめ、プロフェソールにお会いし、タドキストの方々のMLに招待してもらい、みなさんの話を聞いて、考えががらっと変わりました。

「多読(こども式?)は、単なる外国語習得法ではない。タドキストのみなさんは、もっとでっかい、サムシング・エルスをゲットしている!」と痛烈に感じているのです。

そして、そのサムシングエルスこそ、本来「教育」が人に与えるべきものなのだ!とひとり膝をたたいて叫びました(うそですけど)。

教師としては、生徒にその「サムシング・エルス」を感じ取ってほしい。これが、多読支援の目標か、と思うようになったのです。

しかし、そうなると、「効率的な学習法としての多読」という面を出せば出すほど、そのサムシング・エルスは遠ざかるとも感じていた。そこへ、プロフェソールの「今までの多読を壊したい!」との衝撃の発言

確かに、多読が広がれば広がるほど、多読が「単なる効率的な英語学習法」ととらえられることは避けられないと思います。このことは、多読というやり方自体に原因があるのではなく、現代の日本人(?)がかかえている、本質的な「歪み」が原因だと思います。

だから、プロフェソールが「壊したい」と思うものは、「今までの多読」ではなく、日本社会の「歪み」だと感じたのですよ。

話が抽象的になりすぎましたので、この辺で。別記事で各論を展開したいと思いますが、どーなることやら。単なる1つのカタルシスです。

今日の1枚

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posted by Sen~or Tadoku at 12:34| Comment(2) | 多読 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

実験報告9月

9月中旬現在の進行状況です。

夏休みが終わり、実験の方は週2回程度、就寝前の30分程度というペースでやっております。

特に目立った変化はなしですね。姉はたんたんとりピーティング。弟の方は、不思議なことにどんどん個々の音素を無視して、もごもご度が高まってます。なんだそれ。プロソディを再現しているうちに、少しずつ個々の音素もあらわれてくるのかな、という私の当初の予想は見事に裏切られています。

まっとうな「英語教師」としてみると、どんどんレールから外れていく感じです。リズムとメロディーのみであとはどーでもいいと思っているのか。こいつが個々の音素まで発音する日は来るのだろうか、と思いつつ、無視してすすめています。

あと、最近はこちらから、「英語やるぞ。」というような働きかけはしないようにしているのですが、向こうの方から「今日は英語やんないの?」と聞いてくることが多くなってますね。私は、その日の気分によってつきあったり、「今日はやんない。」と無視したりしてます。しかし、やるときには、特に弟は本をどっさり持ってきて、「全部やる!」と言い出します。だいたい途中で眠くなって向こうからやめるのですが。


さて、先日、弟の方に、Stage 1+の"The Mud Pie"をやっていたところ、最後のページでFloppyの頭の上に、Mudがのっかた絵をみて、奴は狂ったように笑いました。「ヒーーーーー!ケケケケケ!グーーーーー!ウヒョーーーーーー!」と奇声を発しながら、布団の上を転がりまくります。そして「もう1回!」と言います。しょうがないので、最初からまたはじめたのですが、笑いが止まらぬ様子で「もごもご」どころではない。しかし、笑いながらもリピートはする、という状況。最後のページで再び笑い爆発。そして「もう1回!もう1回!」とアンコール。結局15回くらいやらされました。そこへ姉が登場。弟は、「これまじで笑えるよ!見て見て!」と姉に言いました。姉は絵を見て、「あぁ、これがどうしたの?」と超サメた反応。それを見て、弟の狂気の笑いは少しずつおさまりました。

次の日も弟は、もごもごでした。私は「お前英語わかってんの?」と聞くと、「わかんねーよ。わかんなくていいんだよ。絵を見ればいいんだよ。」と断言します。「だったら何でリピーティングをやりたがるんだ?」という疑問が脳裏をよぎりましたが、これは本人には聞かないでおきました。こちらの方も、「絵を楽しみながら読んでいるうちに、英語自体も理解するようになるのではないか。」という仮説が見事に裏切られています。それにしても「わかんなくていいんだよ。」と断言するとは...「意味がわからなきゃイヤだ!」と以前怒った姉と対極ですな。

姉の方は、弟ほど実験に参加する頻度は減っているのですが(DSやマンガやテレビや日本語読書に忙しい模様)、やりだすと、Stage 5を延々とやりたがります。こっちも大変です。

うーむ。しかし、こいつらは何が楽しくて続けているのだろうか、という疑問が浮かびつつあります。

posted by Sen~or Tadoku at 11:36| Comment(0) | 実験 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月31日

実験音声7月31日



姉。Floppy's Boneの日本語ストーリーテリング。


姉。Chip's Robotのストーリーテリング。


弟。At the poolのシャドーイング。文字を意識している様子少々あり。


姉。Foggy Dayのシャドーイング。FoggyをFloppyと読んでしまったやつ。話の筋はよくわかってない様子。



姉。Top Dogと、Look after meの一人読み。



姉。The Sandcastleの一人読み。ふざけて、日本語的発音をしているが、"sand in it"や"castle"が英語的になってしまっている(笑)。

posted by Sen~or Tadoku at 11:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

実験音声7月31日

音声です。

posted by Sen~or Tadoku at 11:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月20日

実験音声


弟:Stage 4 “The Play”
サッカーボールを蹴りながらやっていた。私が途中で耐えられなくなって「ドンドンするなよ。」と怒り、ようやく本の前に来ました。


弟:Stage 4 “Come in”
Wilf and Wilmaを「アフロ男爵」と言っている。(racismではないでしょうが....)ここから「ナレーション」が始まります。

弟:Stage 4 “The Storm”
冒頭の「ここは読まなくていいんだよ。」と言うのは、表紙のこと。「学芸会のやつ」は”The play”のこと。一日前に、姉が2冊の本のシーンが同じで季節が違うことに気づきましたが、弟は今自分が気づいたかのようにふるまっています。笑えます。

弟:Stage 2 “The Go-kart”
最後の奇声は、”Oh no!”を読んでいます。


弟・姉:Stage 2 “The dream”
弟が勝手に日本語の語りを始めました。そこへ姉が登場。姉が1人読みを始めます。弟は必死で邪魔をしていますので、姉の声が聴き取りにくいかも知れません。

姉:Stage 2 “The Toy’s Party”
姉のリピーティング。
posted by Sen~or Tadoku at 12:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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