2008年10月21日

FREEEEEE writing

Yeah, everybody. Today, I was reading my sister's blog. Ah, she is not my real sister, but I feel like calling her sister, like Sister Rosa. Do you know Neville Brothers? It is a band. One o their song is about Rosa Parks, and the title was "sister rosa" So, now I'm trying to do free writing myself.

Yeah, I'm free to do what I want anytime. This is Rolling Stone's song, but not their original.

Anyway, this kind of free writing is very good, but how do you guys who are reading this feel? Or rather, you donYt have to read anyway. I'm just writing.

Oh, yesterdays game.

THIS IS BASEBALL!

Fujikawa vs Tyron. As Ochiai said, it doesn't matter who to win. I'm not saying this because my team won. Really, it doesn't matter win or lose after watching that kind of speciall baseball fight! I mean it was "FIGHT." Like two samurai facing each other.

By the way, that's why Japansese people love baseball. Baseball is, as a sport, very strange. I have some Spanish friends, who all say, "Baseball is NOT a sport. Nobody is doing nothing while the game's going on." But, to Japanse people, it's like samuai fight. one-against-one basis....

Oh, I forgot to check the time I'm writing but I feel I could write infinitely. Now, I'm kinda so frustrated with my job, and the more I feel frustrated, the more I feel like talking to someone about anything. Everybody thinks I'm a talkative person, but compared to Spansih, I'm a really shy and reserved...hahaha.

Anyway, tomorrow, I'm going to TOKYO DOME!

Hasta la vista Anarquista!
See you later alligator!
posted by Sen~or Tadoku at 12:03| Comment(6) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月20日

タドキッズは幸せ?

うーむ。

一昨日のケンシンの「鬼の投球」を見て、東京ドームのCS第2ステージのチケット買ってしまった。しかし、買った直後にプレイボールした第2試合でもやしっ子Nが目覚めた虎に食われた。まーいいや。負けたら虎ファンに売りつけます。ほしい人いますか?(わからないところはとばす」の練習用にあえてこういうこと書いてますからね!でも、つまらなくなってもやめないで最後まで読んで!)

しかし、野球を見ているとおもしろいですね。まさにボールが「火の玉」のように見えるときがある。一昨日のケンシンもそうだったし、トラが優勝したときの久保田のボールも「火の玉」だった。ゴォー!

こういうことって、本読んでるときもないっすか?音楽聞いてるときも。

そういうのって、読書の醍醐味ですよねぇ。タドキストの方がたは「英語」なんてちっぽけなものではなく、こういうサムシング・エルスを得ていると私はみなさんの話を聞いて感じるんですよ。そういうサムシング・エルスに比べれば、語数もYLも習得も全部ふっとびますわな。
いやいや「英語」もふっとびますよ。

ふっとばしちゃいましょう。

なんでみんなそんなに「英語ができるように」なりたいんでしょうか。

そんなに英語ができてよかったことなんて私はなかったですよ。スペイン語だって。

それよりも、野球やサッカーやローリング・ストーンズやRCサクセションや釣りの方が、人生豊かにしてくれてますが。

タドキッズには「英語」なんてちんけなものではなく、「サムシング・エルス」をゲットしてほしいですね。

しかし、現状はどうもそうはいかないようですな。思考停止の大人がやたらと「英語」をこどもに押し付けてないですか?

英語子育て

なんて気持ち悪いでしょう。いかんでしょう。もっと大事なもんがあるでしょう。

なんで、「英語」だけそんな特別なのか。

ひめはよーくわかると思うのですが、英語なんて数ある言語の1つでしかない。それが米英帝国の世界征服によって、今や「国際語」になってしまっている現実がある。この現実は本来「絶対あってはならない」ことなのですが、特に日本人はそこに無頓着。EUなんかは公然と「多言語主義」を打ち出しているのに...「日本は一言語、一民族うんぬん」とぬかしたアホはおいとくとして、でも、多くの日本人は「日本人=日本語」「外人=英語」って感覚ではないですか?いまだに。

こんなこってはそれこそ日本は「国際的」なんかになれませんぞ。

しかし英語が国際的に使用されているという「あってはならない現実」に対応せざるをえないのもまた事実。だからここは鈴木孝夫(別にこの人の論に全面賛成というわけではないですよ)の言う「英語は国際補助語」という考え方を、われら英語教育にかかわる人間はもたねばならん、と思うのです。

こういうこと言うと、「やっぱり国語教育が一番大切だ!」というナショナリストに利用されそうですが、私はそんなことも思ってない。ひめが言ってたように「日本語も数ある言語の1つ」としての考え方をこどもにももってもらわんといかん。

日本語を言語として「対象化」するためにも「外国語教育」は必要です。しかし、「外国語=英語」というのは絶対だめです。悲しい現実をうまくいなすためには、「英語」は「外国語」という観念をとりさり、「国際補助語」として文化からニュートラルな存在、たとえばコンピュータのプログラミング言語的な発想をもってないといけないと思います。「外国語」としての英語はあくまで選択肢の1つとして、「大学以降で」その他大勢の言語と同列に「選択科目」として扱えばよい。

と理想論を言っても、それを現実化するのは無理ですので、まず私は、英語教育に係る人間が「英語は単なる言語の1つ」「英語は国際補助語」としっかり認識し、その上で、英語教員は英語以外の外国語を1つ以上(日本語も含む)を必ず「お勉強」する必要がある、と思いますよ。

多読関係の方の話を聞いているときも、「英米文化崇拝」に聞こえてしまうことも多々あります。オックスフォードのORTのプレゼンを聞いた時にも、「ORTを読むとイギリスの文化がよーくわかって、異文化理解にも役立ちます。」なんて言ってた時に、聞いていた児童英語の先生方が「はー!」と感心する様子を見て寒気がしましたよ、本音を言えば。

あとむかつくのが(教師が「むかつく」なんて言わないでって言わないで!)、ネィティブスピーカー信仰。学校でもネイティブの講師の授業時数が多ければ、それだけ英語に力を入れていると思われる。そういうときの「ネイティブ」はいつも英米オーストラリア。(しかし、Chicoさんの潜入レポートを読むと、小学校ではフィリピン人もいるのですね。よしよし。いや、よくない。小学英語自体断固反対!)

「国際補助語」として英語を教えるなら、「ネィティブ」はご法度です。ノンネイティブが教えてこそ、「国際補助語」ですよ。だから、私は公立学校のALTはすべて母国語は英語でないが、「公用語」として、またはその他の理由で、英語を使用せざるをえない国の人にしたい。これはいろんな意味で非常に「教育的」発想だ、と自画自賛しときます。

 もっとむかつくのが、英語教員たちのネイティブ信仰。特に発音。「この会社の音読CDはなんでアメリカ英語なの?イギリス英語の方が上品なのに。」とか「アメリカ英語の方が国際的だからやっぱり学校ではアメリカ英語を教えないと。」とか。

アホもいい加減にしてほしい。

インド人やフィリピン人やベトナム人の発音をみならいなさい。

みんな立派に「国際補助語」として英語を使っているではないか。しかし、誰も「僕の英語はクイーンズイングリッシュさ。」なんて言わないだろう。

国際補助語なんだから、通じりゃいいの!

あ、なんかいろいろ思い出してきました。以前、定期テストでリスニング問題を出そうということになり、さぁ大変。「ネイティブ」に録音してもらうための時間を確保しなきゃいけない、あの人はイギリス英語だから、こっちの人のがいい、とかもう人種差別発言も出る。さらに当のネイティブ講師は、「そんなことする分の給料もらってない!」と文句を言い、それでわざわざ契約書まで持ち出して、「ほら、ここにextra activities such as recording of listening test scriptって書いてあるから。」とか言っておる。そんで結局授業1時間分けずって録音だとさ。生徒よりもテスト作成が大事なのか。

あまりにアホらしいので自分が作成担当のときは自分で録音してやったわい。生徒は誰もオレだとは気づかなかったですよ。いや、それくらい自分の発音がうまいと自慢したいわけでなく、別にネイティブ発音信仰じゃなくっても十分英語として「通じる」ってことですよ。いや、「通じなきゃいけない」ってことです。

(あ、そういえば同僚だった「変人」教員は、リスニング問題で「ドイツ人」「スペイン人」「フランス人」とそれから「日本人(自分)」に「日本に来てやってしまった恥ずかしい体験」を英語で語らせて、それをテストにしてました。やはり変人こそまっとう。)

そーいえば、MLでもたびたび出てきた若林教授は、「学習指導要領上は『英語』は、『外国語』の中の1つで、選択科目だ。これを半ば『必修』として行い、入試科目にも課していることはれっきとした違法行為だ!本来は中学校から様々な外国語を用意し生徒に選択させねばいけない!」と言ってました。しかし、その後確か『英語』は必修になったような....

んだから、多読の話をするときにも習得に関しては「英語を習得するためには」ではなくって、「外国語を習得するためには」って言いたいですね、私は。

だからプロフェソールの新刊も「さよなら英語バカ 多読が育てることば力」にしちゃいましょう(笑)

別の本のご紹介です。

naze.jpg
『英語教育はなぜ間違うのか』

これは、『どうして英語が使えない』とともに英語教育に関わる人は絶対読んでほしい本ですな。

もう一度言いますが、タドキッズたちは「英語」なんかでなく、「サムシング・エルス」をゲットしてくれ!親の期待に反して。

いや、なんか書いてたらいろいろ思い出してなかなか終われない。親の期待ついでに。

英語ができたって就職に有利なんてことないと私は思うのです。以前都教委の「強制研修」で某大手電機会社の「人事部長」の話を聞きました。これが予想に反してなかなかおもしろかったので、最後に、

「最近、PCの技術が必要だ、とか、英語は必要だ、とかいうが、あんたはわれわれ高校教員にどういう風に生徒を育ててほいいのか?」と聞きました。

すると彼は、

「あのね、いろんな意味でたくましくしてやってくださいよ。英語とかPCとか、必要な技術や知識があれば、それはこっちでちゃんと叩き込みますよ。」

というのです。

どこまで本心かは知りませんが(そもそも私はこういう人を信用しないので)、でも、ある意味、「英語ができたってそれだけで採用なんかしませんよ。」と聞こえませんか?

結局、「英検○○級」だけで採用されるような職種は、いらなくなったらポイの世界なんではないでしょうか、と世間知らずの私は思うわけです。

だから、就職に有利とか進学に有利とかそんなことばっか心配しないで、どんな境遇になっても、豊かな人生が送れるような、そういう成長の仕方を見守れるような、そうなりたいですよねぇ、ってよくわからんくなってきましたが。

おとなもたくましくならないかんですね。

ORTだって、「イギリスの文化」なんかじゃなくって、Kipperたちのたくましさに共感し、感動しますよねぇ。そのたくましさに比べりゃイギリス文化も、日本文化もアメリカ文化も、it doesn't matter much to meでしょう。たくましさはボーダーレス。火の玉もボーダーレス。

posted by Sen~or Tadoku at 14:42| Comment(2) | 教育論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月17日

言えよ!

えー、英語教育界では、やたらと「こみゅにかてぃぶ」という言葉を言うやつがおおいです。

「こみゅにかてぃぶな授業」「こみゅにかてぃぶな指導」「こみゅにかてぃぶな定期テスト」「こみゅにかてぃぶな教員」....

あほです。

KYが悪とされる状況では、言いたいこと、言うべきことをぶつけあう、なんて誰もやろうとしません。

そーいえば、前回のワールドカップの後で中田英の特集やってました。

彼はずっと「代表チームはコミュニケーションができていない。」と言い続けていました。私は代表選手が言う「コミュニケーション」というのは素人にはわからないような高度なものだと想像してました。

しかし、その特集番組では次のようなシーンが流されました。

練習中、中田がある選手を呼び、何やら言っています。その選手が答えると、中田は大声で、「だったら言えよ!言わなきゃわかんねーじゃねえか!言えよ!」と怒鳴ったんです。

結局、私が想像していたような高度なものではなく、「言うべきことを言うべき時に言う」というごくごく基本的なコミュニケーションが「足りない」と中田は言っていたのです。

日本代表選手がですよ。

小学校英語の話もそうですが、われわれも言うべきことを全然言ってない。言おうとする人はほとんどいない。みんな空気読もうと必死だからです。

しかし、そんな中でもこんな人がいます。以前の同僚です。いや本当は「上司」だったんですが、そんなことを気にせず対等にいつも言いたいことを言い合っていました。けんかも思いっきりしましたし、マージャンもしました。サッカーやソフトボールも一緒にやったなぁ。

その彼がいま声をあげています。

応援してやってください。あ、ちなみに私は日教組教員ではないですからね。

http://jp.youtube.com/watch?v=bnj3eAyAi2E
posted by Sen~or Tadoku at 09:17| Comment(2) | 教育論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月16日

小学校英語?

えー、プロフェソールのブログで小学校英語の話題が出ております。


こんなひどいことがまかりとおっていいのでしょうか?

まったく英語など教えたことがない先生が、英語の授業をやらなきゃいかんのです。

これだけで、もうこの制度がいかにひどいか十分わかるじゃないですか。

今まで百年近く、ちゃーんと「免許」をとった先生たちが英語の授業しているのに、英語なんてぜーんぜんできるようになってない。で、こんどは、免許も何も、英語いやいや外国語を自分で習得もしていないし、教えたこともない先生が、授業をするようになる。

あいた口がふさがらないですよね、普通に考えれば。

※念のため言いますが、「免許」があるからちゃんと教えられるわけじゃないですよ。免許なんてなんの意味もないと私は思ってますよ。

で、私が納得いかないのは、日ごろいろいろ英語教育に関してえらそうなことをいってる、大学の「英語教育学」の教授がたは何をやっとるのじゃ。まさか小学校英語授業導入に賛成なのか?それとも官僚と同じくそこからおいしい思いをしようと思ってるのか?

もう怒りはおさまらんですね。

あと、「英語に親しむ」ってのもこりゃ大変なことですよ。

もうちまたで十分やってしまっていますが、「英語に親しむ」=「英語圏の文化に親しむ」ってことになってしまうのです。ハロウィーンやクリスマスを、自分たちがアメリカ人になったつもりで、楽しみましょう!なんてことを、「日本」の「公教育」の場で公然と行うんですよ!

別に私はナショナリストってわけじゃないですが、特定の文化圏「だけ」をとりあげ、国をあげて「親しむ」なんてことは絶対許されないことでしょう。

われわれ普通の学校教師ももっと声をあげなきゃいかんですな。

でも、大学の、特に「教育学」や「英語教育学」にかかわっている大先生どもはもっと真剣に反対の声をあげなきゃいかんだろう!

結局、「英語できない」コンプレックスを多くの人に植え付け、それをもとにどんどん「英語教育」にかかわる人が自らの権威を高めていく構図なのか。

前からずっと思ってたのですが、中学校3年間で「ある程度」英語でコミュニケーションできる力がついてしまえば、こんなコンプレックスに国をあげてふりまわされることはないのです。

あとは、英語教育関係者の「権威」をひきはがす。これは大変かもしれないが、どんどんやらなきゃいかん。

怒りがでかすぎて、まとまらなくなりました...

たかが英語。英語なんかより大事なものが世の中には腐るほどあるのじゃ!
posted by Sen~or Tadoku at 17:22| Comment(6) | 教育論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月08日

空気読まない宣言

えー、なんとかレギュラーシーズンを終えました。

やはり、こけましたが、まだ試合があるということでいいんです、今はこれで。

しかし、オレ流監督は、公然とクライマックス・シリーズに異議を申し立てているのに、竜が2年連続して、そのおかげで日本一になるとはなんとも皮肉な....と思っちゃいけませんよ。

これは、彼の戦略なのです。クライマックスシリーズをやめさせるための戦略なのだ。だから、昨年はあえて、2位になり、読売に屈辱をあじあわせた。今年は、あえてわざと3位になり、トラにその屈辱を味わせます。(だから、絶対優勝してね、虎ファンのみなさん、あと1週間は心から私は関西人になりますからね!)

日本野球を牛耳る2球団が屈辱を味わえば、クライマックス見直しになるだろう、というオレ流的革命なのだ!

まー、またアホな名古屋人がほざいていると思うでしょう。そういう人はこの本をお読みください。

『落合博満 変人の研究』by ねじめ正一

思うに、この狂った日本、いや世界の中では、「変人」と思われている人こそ実はまっとうなことを考えているのだ。この私もそうだし(笑)、タドキストのみなさんもそうでしょう(笑)。

そういえば、前に働いていた学校で、退職するじいちゃん世界史先生が最後のあいさつで言っていました。

「最近は、『KY、空気を読めない』なんて恐ろしい言葉がはやっている。みんなと同じことを考えないと、おかしいとされる。こんな恐ろしい言葉はない。」

そのとおりですね。みんな、周りの顔色を伺って必死で空気読もうとしている。こんな恐ろしい社会はないだろう。

そういえば、昨年の日本シリーズで完全試合投手を交代させたことに、議論がおこりましたね。やたらスポーツのことに文句を言うふざけた漫画家などは、オレ流監督のことを「日本一のKY監督」と批判してました。

そのとおりですよ!だから変人、まっとうなんですよ。

さらに、報道ステーションの古なんとかとかいう人は、竜が日本一になったその夜の番組の冒頭で、おめでとうをいう前に、「これで日本野球はいいのでしょうか。」とほざいた。ふざけんな。こういう人は自分ひとりの思い込みが国民の声を代弁していると勘違いしているのです。空気読めばそれで自分が偉くなったような気になっとる。

漫画家もこのアナウンサーも、「わたしたち国民は完全試合を見たかった!」とほざいているのだ。アホか。そういうのをミーハーにわかファンというのだ。そういう人たちは空気に動かされてスポーツが好きになったふりをしているだけで、空気が変わればすぐに離れていく。野球を愛する本物のファンを大事にしてこそ、発展があるんだろうが。

(ちなみに、楽天の監督は「10人監督がいたら10人があそこで交代などさせない。」といってました。彼は今まで空気を読むことで有名になってきた人です。しかし、ボビーや虎監督は「俺だって交代させる。あたりまえじゃ!」と言ってくれた。やはり本物は空気など読まないのだ!)

思うに「レールをはずれるために」の話も、「空気を読む」にまっこう立ち向かうものですよね。

私は、K.Y. KINGを目指します。
posted by Sen~or Tadoku at 12:43| Comment(3) | Bookshelf | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月02日

Addicted to war

Hola.

As a matter of fact, I am a very reallistic person. I read more non-fiction books than fiction...

This one is fabulous. One of my collegue teachers who teaches Biology showed me the Japanese translation, and I bought the original in English.

addicted.jpg

ADDICTED TO WAR

Do you like the United States of America?

Well, I love American culture, for example, I love rock music, blues, R&B, jazz... But what about the USA as a country? When I was younger, I thought AMERICA was a good country, the best country in the world, the Land of FREEDOM..., like many Japanese high school students nowadays.

But is that really so?

After September 11, more people are putting eyes on what's going on in the USA though general impression of "ordinary" Japanese people, especially, young people, hasn't changed from what I had in mind when I was younger. America is the land of Disney, a country which produces a lot of DREAMS...

Well, I don't deny it. But as well as DREAMS, it has been scattering "NIGHTMARES" throughout the world...

By the way, at school, the children are told, "THE WAR IS BAD, THE WAR IS CRUEL, WE MUST NOT MAKE ANY WAR AGAINST ANY COUNTRY, IT IS WORNG FOR US TO KILL EACH OTHER. LOVE AND PEACE!"

But actually few tell them "why they(or we) want to have wars." We can't solve problems only with love and peace, that's what all of us actually think and the children feel by intuition, isn't it?

My fellow American teacher once complained. He said, "Why don't you guys discuss things about politics, economics, etc with the student? Those things are really important for them to know and think about. To me, Japanese tearchers are too indifferent about those things."

A ver, a ver. Es verdad. Might be true...

We have to be more conscious about what's REALLY going on in the world, anyway.
posted by Sen~or Tadoku at 10:12| Comment(3) | Bookshelf | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月01日

Wind-up Bird's Chronicle

Hola, todos.

Talk about books I read. Acually, I'm not so crazy about those books for "tadokist." Some are really good and I enjoy reading them, but mostly I read those children book because I want to experience some change in my brain after reading a lot of children books.

Anyway, here, I also talk about MY bookshelf, I mean, what I read for my pleasure.

Now I'm mainly reading this one.(I usually read more than 2 books at the same time...

windup.jpg

WIND-UP BIRD CHRONICLE by Haruki Murakami

Actually, I've been Haruki-Mania since I was 17. The first book I read was "Pinball, 1973." I was interested in the title, but since then, I've been addicted to Haruki's World.

This "Wind-up Bird" is my best. (Before this one was published, my best was "Hard-boiled wonderland.")

I can't explain why I'm so intrigued. All I can say is I'm just INTO his world...

Well, I've read it twice in Japanese, once in English, and once in Spanish. I bought the Spansh version in Spain, but it was more than 30 euros... Que caro! Es increible!

I enjoy feeling his style in Japanese, and also in English. Sometimes I wonder if his style suits more in English than Japanese...

As you know, (or as you don't know) Murakami is also popular in the States. One of my colleague ALTs, is also Haruki-Mania, and we talked a lot about Murakami's works.

If you like Haruki, could you recommend me some American authours which I might like?
posted by Sen~or Tadoku at 10:08| Comment(7) | Bookshelf | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月26日

実験報告 9月25日

どうもです。

今週は実験はさぼっているのですが、怪事件が2件ほど発生しましたので、ご報告します。

事件簿1

先日、悪魔の帝国、千葉ディズニーランドに行きました。姉・弟とも興奮気味です。なんとかカフェで、クソ高くてクソまずいホットドッグの朝食をとっているときに、弟はふざけて、ストローからコーラを噴射する、という荒技に出ました。そのとき奴が言ったのです。

「Splash! Wow!」

うーむ。Splash消化か?

しかし、しかし...

スプラッシュマウンテンに並んでいるとき、弟は、「こわい、のりたくない。」とびびっていたのですが、いきなり私に聞いたのです。

「マウンテンってどういう意味?」

実験中ではないのでいいか、と思い、「山」と答えました。

するとすかさず、聞いてきました。

「じゃあスプラッシュは?」

????????? おまえさっきふざけてSPLASH!って言ってたじゃん、と思い、どう答えてよいかわからず無視しました。

なんじゃらほい?


事件簿2

昨夜のこと。竜の試合はなかったのですが、鯉の行方が気になり、TV観戦していると、「竜がないときくらいチャンネル権をよこせ!」と暴動が発生しました。確かに、CSMagicが点灯した今、敵の動向など気にせずどっかり腰を落ち着けねばならないだろう。他力本願など「オレ竜」にふさわしくないな、と考え、あっさりチャンネル権を委譲しました。

みなさん、なぜか、NHKハイビジョンの「東京湾の深海」というマニアックな番組を食い入るようにみてます。

その番組の中で、あるアメリカ人学者のコメントが流れました。英語音声に日本語字幕です。

そのとき、姉が!

なんと、シャドーイングをはじめたのです!

何の前触れもなく、ふつうに、シャドーイングしているではないか!

それも極度にもごもごでもなく、もちろん「音素」発音でもなく、プロフェソールが見たら喜びそうな典型的なシャドーイングではないか!

たった10秒くらいでしたが、私は驚きのあまり動けなくなりました。

数分後またそのアメリカ人学者が登場。期待して見守ります。

しかし、今度はシャドーイングなどせず、字幕を読んで、「へー、そーなんだぁ。」と学者のコメントに感心しているもよう。

なんだかなぁ....
posted by Sen~or Tadoku at 09:53| Comment(0) | 実験 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月25日

「学校での多読」A

今日は、1日中来年使う教科書を眺めていました。

どんな風に使うかということを考えていたのです。

MLでも話題になった「和訳先渡し」や「簡単な英語に書き換え」等いろいろアイデアはあると思います。

今どきの教科書は、ただ単に本文が載っていて文法の解説があって練習問題というだけではありません。最初にIntroductionがあり、各段落ごとにQ&Aがあり、カラー写真が豊富で、コミュニケーション活動のページもある。

「生徒の興味関心をひきおこし、単なる訳読の授業ではなく、4技能をバランスよく伸ばすための工夫」がなされています。

さらにさらに、付属のTeachers Manualはもっとすごい。「題材背景資料集」なるものもついており、各レッスンの話題に関する資料が「分冊」として用意されている。(ほとんど日本語)

教員用CD-ROMには、本文のデータだけでなく、リスニング問題のスクリプト、補充問題、さらに補充読み物(ご丁寧にComprehension問題つき)、予習・復習用ワークシート、他にもいっぱい、の付録がついている。

教科書1冊つくるのに、膨大な時間と金がかかっていることがよーくわかります。

私はどうしようもなく悲しくなってきました。教科書編集委員をしている教員を数名知っているのでさらに悲しくなりました。あの人たちはこんなにも大変なことをしていたのか....

ここまで「努力」しても、まずこれだけの材料を授業で使いこなすのは無理です。もし教科書の「工夫」を最大限活かした授業をしている人がいたら見てみたい。

いや、授業で使いこなしてる教員はいる可能性はあります。

問題は、教科書をつくる側の「さまざまな工夫」で、生徒がほんとうに英語により興味をもち、よりできるようになるのか、です。使いこなしているように見える教員の授業も生徒からしてみれば単なる自己満足で、「結局よーわからん。さっさと訳教えてくれよ。」となっているのではないか、と想像してしまうのです。

もう、根本が間違っている、としかいいようがない、という絶望感しか私には出てきません。

前にプロフェソールが言ってました。

「検定教科書を使う限り、何をやってもむなしいのでは。」

この言葉が1日中教科書を見ていた私に重くのしかかっています、というのはウソですが、いやいや、この一言、事実ですよ。

教科書じっくり見てみてください。ちなみに今日私が見ていた教科書の名前は言いません(笑)。

結局、学校で多読をやることの最大の意義は「脱日本英語」これに尽きるのではないか、と思います。もちろん完全に脱は無理です。しかし、「脱しなければいかん!」というきっかけにはなるのではないでしょうか、生徒も教員も...

ということで、教科書は「てきとー」にごまかすことにした。まーしかしこれがなかなか難しんですけどね。

誰かごまかしかた教えて。
posted by Sen~or Tadoku at 16:00| Comment(0) | 多読 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

学校での「多読」@

プロフェソールの提案以降、「多読」の本質にせまる議論がつづいていますが、私がそういう議論を読んでいま考えているのは、「学校での多読授業」ということですね。考えざるをえない、というか。

CH高校はじめ、高校で多読授業を展開しているところはすでにあります。

しかし、タドキストのみなさんが「楽しんで」やっている多読を学校で展開することには当然いろんな問題が出てくるでしょう。教員としてはそれを「解決」しながら、と思ったのですが、やはり「解決」するのは無理ですね。そんな簡単な問題じゃない。どっかで割り切る、というか、教員が頭の中を整理しとかないと、いろんな状況に対応できず、結局変な方向に行ってしまう可能性がある、と思うのです。

プロフェソール・ブログや掲示板やMLで挙げられている、「学校での多読」に関する疑問点は、まとめるとこういうことでしょうか。

・そもそも多読は自分自身が「楽しんでやる」ことに本質がある。学校で(半)強制的にやらされるのはいかがなもんか。
・多読をしていれば「英語ができるようになる」のか。
・多読だけでは、入試や検定等に合格するのは無理。やはり「お勉強」も必要なのではないか。

こういうことをとりあえず自分の頭の中で整理しとかないといけないのでしょうね。

「学校での多読授業」についてご意見があればどしどしおよせいただければうれしいです。
posted by Sen~or Tadoku at 11:25| Comment(3) | 多読 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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