いやぁ、日々愚痴がたまりますなぁ。ここで愚痴こぼしてもしゃーないんですが、教育論に関わることだと思うので。
最近いろんな業務でエクセルを使ってるんですが、何か「こんなこといいなできたらいいな」と思えば、ヘルプやグーグル検索を駆使して、だいたいのことは解決しますね。
しかし....
「先生方」には、特に、私よりも高い給料もらっている人には、「自分はパソコンは苦手だから。」の一言ですべてすまそうとする人もいる。今までは「いい人」だった私は、「あ、俺やるからいいよ。」と言ってやってあげてたが、やめた。むかつく。なんでこいつらの無能と怠慢のせいで、俺の仕事が増えるんだよ。
「パソコン苦手」って教師はそれで通ってしまう。結局パソコン操作できる人間の仕事が増えるだけ。しかし、「苦手よぉん」っていう教師は、生徒が「勉強が苦手だ。」って言ったら、どうするでしょう。「努力が足りない。」「今勉強してることは社会にも必要なんだから苦手だなんて言い訳してないで努力しなさい。」
また、パソコン苦手だって人で、まだ少しましな人は、「教えてくれればやります。」という。今までいい人だった私は親切に教えてやっていたのだが、こっちが教えてやってるのに、「あなたは得意だからわかるだろうけど、苦手な私にはそういう説明ではわからない。もっとわかりやすく説明して。」という。そのくせ、生徒には「わからないのを先生のせいにしないで、自分でわかろうと努力しなさい。」って言う。
今や教育の中でネットを使うってのは、どんどん普及している。しかし、特に英語の先生方はそういうのをやってみようともしない。彼らは「基礎基本は教室で辞書と紙と鉛筆使わなきゃだめ。」という。電子辞書だってそうだ。「電子辞書は、しっかり紙の辞書を使えるようになってからじゃないとダメ。」
で、そういうこと言う人は「必ず」、インターネットで検索1つできないわ、電子辞書を使ったこともないわ。。。使ったことないのになんで「ダメ」と言うんでしょうね...
免許更新制なんて取り入れたって、絶対教師の「性癖」は変わんないですよ。むしろ、「自分が努力してきた道こそすべて」という「悪癖」が強化されるだけ。
そーいえば、大学の英語科教育法の教授が、「教わったようには教えるな!」と言ってたなあ。でも、耳を傾ける人はいねーだろうな。
ほんと、文科省も学校も「解体」するしかないでしょうね。


実はぼくはもう一息過激なことを思いついてしまって、そのうち実現可能かどうか、聞いてください・・・